model9000のブログ

更新履歴と雑記

虐殺器官

いつもいってるコンビニに、今日はいきなりバドワイザーの缶が入荷していて虐殺器官ごっこできるやん!」と秒で買ってしまったので今日は虐殺器官ごっこをします。

 

「好きだの嫌いだの、最初にそう言い出したのは誰なんだろうね。いまわれわれが話しているこのややこしいやり取りにしても、そんなシンプルな感情を、えらく遠まわしに表現しているにすぎないんじゃないか。美味しいとか、不快だとか、そういう原始的な感情を」 ――虐殺器官

 

最初に好きだの嫌いだのを言い出したのは誰なのかはわかりませんが、シリアスな場面でいきなりときめきメモリアルをぶっこんで来たのは確実にメタルギアのせいです。伊藤計劃のパロディ・オマージュ・引用の量はすさまじいのですが、Indifference Engine(虐殺器官のスピンオフ)にも「そこでその歌詞引用するか?!?!」っていうのがあってめちゃくちゃ笑ってしまいます。

 

☆嘘と地獄と呪いの話

※これは完全に個人的な感想と妄想を含みます。

伊藤計劃は「語る」作家です。ときに冗長的なほどに言葉を使って物語を紡ぐ。なぜなら小説に与えられている伝達の術は言葉しかない。なので思考を読み解いていくには、基本にかえって「言葉」に着目していきます。

 

Q:クラヴィス、君が望んだことって何?

A:ぼくは罪を背負うことにした。ぼくは自分を罰することにした。世界にとって危険な、アメリカという火種を虐殺の坩堝に放り込むことにした。アメリカ以外のすべての国を救うために。

 

いやアメリカ全土どころか世界中が死に絶えますがな!?(実際に虐殺器官の「大災禍」を経てハーモニーの世界に繋がってるので、世界がどのような状態に陥ったのかは歴史の教科書で語られてたりする)

 

というツッコミに対して「主人公はあることについて大嘘をついているかもしれない」という「大嘘」について、今までロクに考えたことなかったのでちょっと考えてみようとおもいます。

「英語だとイギリスとか世界全部の英語圏にいくんじゃね?」「アメリカが○○たら全世界に迷惑がかかるんじゃね?」という大ツッコミには自分で言うのもなんですが、一応裏読みが設定してあります。とはいえ、なんか書いた人間が自分であれこれ言うのも見苦しい気がしますし、世の中に出た時点で自分も一読者に過ぎないわけですから、エピローグで主人公はあることについて大嘘をついているかもしれなくて、事実はどうなのか、は一応それまでに触れられているかもしれない、という程度にとどめておきたいと思います。

大嘘についてのアンサー、「事実はどうなのかそれまでに触れられているかもしれない」クラヴィスくんの本心って多分ここなんだとおもうけどな。今電子書籍しかないからページ数があげられないが……ルツィアが死んで、逆上したクラヴィスがウィリアムズと仲間割れを起こすシーン。

「民衆が望んで、国が望んで。企業も望んではじめたことだ。多少の自由は犠牲にしてでも、安全な社会をつくろうってのはな。そのために作ったインフラを全部パアにする気なのか(中略)」

「その全部が無意味なんだ。嘘っぱちなんだよ。セキュリティなんて無用なんだ」

「嘘っぱちだろうがなんだろうが、すでに走っちまってる経済は紛れもない本物だぜ」

 なのでアメリカ以外のすべての国を救う、なんて思考はきっとクラヴィスのなかにはなかったんじゃないかな、ではなぜクラヴィスはあんな大嘘をついたのか?という疑問が生まれるわけなんですが。作中で頻出する地獄と死者にちょっと着目してみます。

 

地獄は、この頭の中にある。

 

これは映画版の虐殺器官の主題ですね。地獄についての話は、目の前で死んでいく人間を任務のために黙殺しなければいけないところではじめて出てきます。

ぼくは自分自身の地獄をいまだ見つけられないでいる。「死者の国」はいまでもときどきやってくるが。それはあまりに安らぎに満ちていて、とうてい地獄などとは思えない。

最初のころのシェパードくんってこう……なんというか……地獄めぐり観光業でもきてるかのような楽観的な雰囲気も感じられますね。地獄なんて見つけんでええんやで……(小声)まぁこれは感情マスキングによって情緒的EDに陥ってるっていう理由もあるんでしょう。

まぁこの頭の中に地獄がある、という言葉は作中のいたるところで出てきます。ウィリアムズとバドワイザーを開けながらプライベートライアンを観ている時も、ルツィアと知的な会話をしている時も、ルツィアに連れられたパブで出会った若者のホログラフィックナノレイヤーの頭蓋の中にさえ地獄を見出している。死んだアレックスの「地獄は頭の中にある」という思想が憑りついたように、クラヴィスは度々その言葉を反芻する。アレックスの死を契機にして、クラヴィスが死者の国を夢見る頻度も増えていく。

死者の国。呪い、もとい死者の言葉です。

理由を告げずに逝くことは、遺された者を呪縛する。自分はなぜ気がつかなかったのか、自分が悪かったのではないか、自分が他ならぬその死の理由なのではないか。死者は答えない。だからこの呪いは本質的に解かれることはありえない。(中略)

そういうわけで、母は父に呪われたのだ。

父が自殺したときの話なのですが、これ、多分後半のルツィアの死にもかかっている気がします。突発的にも感じるクラヴィスの行動も、

「みんな、知る必要がある。知る責任がある。本当の意味で自由でいたいのなら、本当の意味で自由な国でありたいのなら。自由の責任を背負う必要がある。選んだ結果としての自由を背負う必要がある」

という死ぬ前のルツィアの言葉の呪いによって、その意思を忠実に守ろうとしている。そしてその後、かつての愛人を亡くしたジョンポールも、ジャングルの中でこうクラヴィスに告解します。

「ルツィアは、わたしがしたことを世界に説明すべきだといった。(中略)ルツィアが望んだことを、自分はしようとおもう」

罰を与えられるというのは、救済と同じです。罰があるから、その後に必ず救われる。

ルツィアの喪失によって赦される機会を一生失ってしまったクラヴィスは「いま、ここにある地獄」に閉じ込められました。まさに「地獄は頭のなかにある」です。クラヴィスにそういった男アレックスは、自ら死を選びました。選んだ、というよりかは、父親の自殺で語った通り、「選ぶ」ことなんてできなかった。選択肢がないから人は自死するのであって、その逆ではない。少なくとも自死以外の選択肢は降りてこなかった。

なら、同じように頭のなかの地獄に閉じ込められたクラヴィスの場合は?

罪を抱え、選ぶこともできず、引きこもりになっていたクラヴィスの元に送られてきた、母親の記録。親の愛という原初的で根本的なものさえ、存在してはいなかったという圧倒的な空虚。空っぽになったぼくを見守るのは、息をひそめている死んでいった人たちの息遣いと、死者の国を可能にするジョンポールから与えられた虐殺の力。

 

そして緩やかに発動する死者の呪い。

 

アレックスは言った。地獄は頭の中にあるのだと。目を閉じても逃れられない地獄があるのだと。ぼくらは地獄に堕ちるだろうと言った。

ルツィアは言った。この世界の自由がどうやって成り立っているのか知る責任がある。この世界が屍の上に成り立っているということを説明して、選んだ結果の自由を背負う必要があると言った。

ジョンポールは言った。ルツィアの望んだことを自分はしようとおもう。わたしは目を見開いて正気のまま無辜の人々を虐殺する道を選択した。なぜならそれがわたしの世界を守る唯一の方法だったから。自分に出来ることを知ってしまったら、そこから逃れることはできないよ、と言った。

死んだ父が母を呪ったように、死者の言葉はぼくを呪縛した。だからこそ、ぼくは選択することができる。地獄の業火に焼かれる脳を救済する方法。ルツィアの望んだとおり、知る責任とやらを世界に公表し、そしてジョンポールのように、正気のまま人々を虐殺の坩堝に叩き込むこと。ぼくが語ることを選んだのは、自由でもなく自死でもなく、地獄だ。これがぼくの物語だ。

 

ルツィアの言葉が、ジョンポールのメモが、死者の言葉が、空虚になったクラヴィスを見出した。クラヴィスは死者の言葉にとり憑かれた……はさすがに妄想だけど、いきなり意気揚々と虐殺に手を染めるクラヴィスの頭のなかには、死者の帝国が築き上げられていたのかな、といった感じ。自死に変わる罰という名の自己救済を、赦しを、黙示録のラッパを自ら吹き鳴らす選択を、クラヴィスは完全に正気で選ぶことができた。

 

(中略)ものすごく救われたという思いにとらわれた。自分がそれを選んできたということを、誰かに罪を背負わされたのじゃなく、自ら罪を背負うことを選んだのだ、ということを、ルツィアが教えてくれたからだった。

 

大嘘とクラヴィスのラストの行動理由について、自分なりのとりとめもない妄想でした。もうわたしはこの話が大好きなんですが、それゆえに妄想も多大に入ってしまっているうえ、難しい考察もできないので、いろんな感想をみたいな、という気持ちもあります。

とはいえ、わたしが誰かの感想に影響されるように、わたしの感想も誰かに少しでも届いて、そういう考え方もあるのか、といったような新たな考察の糸口になれればいいな、という気持ちでブログを書いているという面もあるので、多分こんな感じで続けられたらいいなとはおもいます。

ハーモニーもやりたいなぁ。屍者の帝国はちょっと……円城さんはほんと……難しいからなぁ……。(目を逸らす

 

ってかこれ書いてる時におもったけどやっぱ自分がオールタイムベスト10だとあげているファイトクラブにめちゃくちゃインスパイアされてないか?

ハーモニーのミァハは女版タイラーダーデンだといっていたけれど、虐殺器官の文脈にも「痛みで生きていることを実感する」「現代の社会構造をぶっ潰す」などなんだかリンクしている気がする……知らんけど。